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私の履歴書

2021.10.01  兄ブログ NEW

今日は美術に関係のないプライベートなお話を。

日本経済新聞のコラム【私の履歴書】

今月は山本耀司さんでした。
クリエイターでもある彼の仕事は、美術にも通じるところがあり、今月は一面トップではなく、こちらから読んでいました。

この連載より少し前に、彼のパリで行われるショーを取材したドキュメンタリーを観て、神経質なアーティスト(表現者)という印象を勝手に持っていました。
発表するのコレクションの全てを、傍目に見れば些細なディテールが気に入らない、と、直前になって一からやり直していたのです。

しかし【私の履歴書】を読み、意外にも普通の人々と変わらないのだなぁと感じ、この連載を楽しく読みました。

慶応の学生だった頃にバンド活動をしたり、「走り屋」を自負してスポーツカー熱中して遊び呆けていたこと、中でも印象深いのは、川久保玲さんとの関わり合いです。

山本さんのY’sと川久保さんのコム・デ・ギャルソンは、私の中ではぼんやりと同じ括りで考えていましたが、同じモノ作りを目指した二人は偶然出会い、そしてライバルとして意識しつつ高め合ってきたのです。

過去に一度ご本人を見かけた事があります。
今から20年ほど前、都内のとあるレストランでのこと。私の座っている席の後ろに5.6名のグループが着席した気配があり、時折大きな笑い声がし、楽しい様子が背後から伝わってきました。
私が食事を終え、帰り際に振り向くと、その黒ずくめのグループの真ん中に、酔って顔を赤くしている山本さんがいました。
雑誌等で顔は知っていましたが、実際の山本さんは、想像以上に小柄で、長髪と髭を生やした酔っ払っぱらいの彼は、若いスタッフに囲まれた好好爺といった風情でした。
しかし当時の彼は50代前半だったはず 笑

コラムでは生い立ちから現在までを綴っています。
ファッションデザイナーとして名声を得た彼ですら、その道のりは、平坦ではありませんでした。
表現者としてコレクションを発表する一方で、経営者でもある彼は、今世紀に入って民事再生法の適用を申請するなど、苦労されています。
今回の連載は、同じ経営者の立場としても、とても参考になる内容であり、人間味溢れる彼の生き方は興味深く、毎朝の楽しいひとときとなりました。

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